公演情報

流山児★事務所公演 
高取英メモリアル2021

「帝国月光写真館 」

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: 高取英
音楽: J・A・シーザー
演出: 流山児祥
画:吉田光彦

 

「赤い紙がいいかい? それとも青い紙?」

女学校の便所から響く怪奇紅マントの正体は?
昭和十五年 月光写真は帝都の吹雪を撮影できるか?

昨年の『寺山修司―過激なる疾走―』に続いて、流山児祥+JA・シーザー(新曲書き下ろし!)の黄金コンビが高取英に捧げる暗黒少女歌劇決定版。

 

2021128日(水)〜12()
下北沢ザ・スズナリ

出演: 塩野谷正幸 伊藤弘子 里美和彦 
平野直美 鈴木麻理 山丸莉菜 竹本優希 
橋口佳奈 春はるか 松永将典 本間隆斗 
流山児祥/

森永理科(PSYCHOSIS) 
國崎馨(PSYCHOSIS) 
霍本晋規(劇団三日月湊) 
飯塚克之(風煉ダンス)

伊藤裕作 大久保鷹  

  

流山児祥予約フォーム

 

 

 

 

流山児★事務所
2020年度 新人募集
劇団で活動することに興味がある人を募集します。

【募集人員】
6名 (俳優・スタッフ・制作)
18歳以上35歳未満。
国籍不問。心身ともに健康な男女

【第一次審査:書類選考】
以下を流山児★事務所まで郵送してください。
(1)履歴書(連絡のつく電話番号とメールアドレスを記載のこと)
(2)写真1点(バストアップ)
(3)作文「流山児★事務所に入団してやりたいこと」(400字程度)


【第二次審査:実技・面接】
書類選考通過者のみ、連絡いたします。
※実技審査料3,000円は当日持参のこと。
※スタッフ・制作は面接のみ(無料)です。

【入団後の活動】
流山児★事務所の活動に準じていただきます。
優秀な新人は劇団公演、海外公演などに参加できます。

【入団後の費用】
(1)入団金:50,000円
(2)研修費+稽古場維持費:月額10,000円(月納)
※入団1年後には稽古場維持費:月額5,000円のみとなります。

【お問合せ・応募先】
流山児★事務所 新人募集係
〒162-0045 東京都新宿区馬場下町60番地 まんしょん早稲田307
TEL:03-5272-1785(平日13時〜17時)
E-MAIL:mail@ryuzanji.com

情報詳細
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続々オールド・バンチ〜カルメン戦場に帰る〜 DVD
「オールド・バンチ〜復讐のヒットパレード!〜」「続々オールド・バンチ〜カルメン戦場に帰る〜」DVD発売中!
その他公演パンフレットなど
 ≫詳しくはこちら
昨日と今日、山手線内回りが止まるというので、久しぶりに山手線を一周して、
代々木の駅で降りて新宿へとあるいてみた。

途中、KSシネマを覗く。すると、今年の春、函館で出演した
『自宅警備員と家事妖精』(藤本匠:監督作品)のポスターを見つける。
K、Sシネマで公開されます。
その時は、ぜひ、ご覧ください。

歌舞伎町、新大久保を抜けて戸山公園。
高校生たちの英語劇、ブラジリアン柔術、
ダンスグループといった人々が蠢いている。
2時間近く歩く。

夜はテレビで『男はつらいよ―フーテンの寅ー』を観た。
おや、いつもの寅さんと違うな?
徹底したスラップスティックなんてもんじゃない、とにかく、若い寅さんが何度もこけまくる。
それでいて、他人のことなど気にかけず、実にアナーキーで暴力的。
渥美さんも若い、それもそのはずの森崎東監督作品であった。

カラダが動かない元テキ屋の花沢徳衛さんの演技が素晴らしい。
寅さんが、先輩の花沢さんに敬愛の念を持って仁義を切る時の芝居に泣く。
いやあ、皆さん一度見てください。
1970年のゆく年くる年・・・・
50年前のまだイキモノの息吹きが漲る寅さんが、ココにいる。
傑作です。

さて、今日はRAKU『から騒ぎ』本読み。
3幕・4幕・5幕です。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
で、25(月)から12月公演高取英メモリアル
『帝国月光写真館』稽古始まります。

でもって、『ヒme呼』は絶賛、映像配信中です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【ヒme呼:絶賛映像配信中!】
11月2(火):私の誕生日まで配信していますよ。
魅力的な映像に仕上がっています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★配信日程★
10月19日(火)20:00〜11月2日(火)20:00
▼購入や視聴についてはこちらをご覧ください
「よくある質問」の「どうすれば視聴できますか?」をお読みください
チケットは、絶賛発売中。
【流山児祥扱い】視聴チケット
価格: 2500円
販売期限: 2021/11/02 17:30
キャスト専用URL :

しりあがり寿:扱い、天野天街:扱いもありますよ。
よろしくお願いします!!

何度でも観れます。ごゆっくりご自宅でお楽しみ下さい。
2021-10-24 18:28 この記事だけ表示

昨日は久々のハードデイだが、休日であった。
午前中から演出者協会ZOOM理事会。
「初」の全体理事会。各事業部の部長も参加しての喧々諤々。
21年度の事業チェックと次年度の事業展開の討論であった。
各地と連携する夢プラン、やりたいことイッパイ、地道に話し合いましょう。
2時間ではたりない。次回は、忘年会。
今年もZOOM、呑みながらの「大雑談呑み会」でもいいと想う。

で、池袋まで出てみる。『MINAMATA』に続いて、久しぶりの映画館に入る、
リドリー・スコット監督の『最後の決闘裁判』
ふーん、で?であった。

それにしても『ブレードランナー』『グラディエーター』もそうだけど、
二回観てオモシロいトコロが見つかる監督がリドリー・スコットかも。
3者の視点から描くレイプ事件。
ふーん、マット・デイモンも脚本(オトコの側からの)にも参加してる。

予告編でスピルバーグの『ウエストサイド物語』ま、観るしかないな

夜、豊島区役所まで行って「期日前投票」を終える。
??比例区で立憲民主党も国民民主党も略称は「民主党」である。
これって、ヤバくないんですか?と、選管の人に質問する。
略称の場合「案分」に分ける?!いやだったらちゃんと政党名を書く事です・・だと。
吃驚した、何それ?である。皆さん、気を付けたほうがイイですよ。

帰宅して調べたら「公職選挙法は複数の政党が同じ略称を使うことを禁じていない。
「民主党」と書かれた票は、立憲、国民の得票割合に応じて「案分」して、振り分けられる」
そうである。

徒歩で帰宅。
それにしても寒くなってきたな。
風邪など召さぬようにみなさん、気を付けてくださいね。

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【ヒme呼:絶賛映像配信中!】
11月2(火):私の誕生日まで配信していますよ。
魅力的な映像に仕上がっています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
配信日程
10月19日(火)20:00〜11月2日(火)20:00
▼購入や視聴についてはこちらをご覧ください
「よくある質問」の「どうすれば視聴できますか?」をお読みください
チケットは、絶賛発売中。
【流山児祥扱い】視聴チケット
価格: 2500円
販売期限: 2021/11/02 17:30
キャスト専用URL :

しりあがり寿:扱い、天野天街:扱いもありますよ。
よろしくお願いします!!
何度でも観れます。ごゆっくりご自宅でお楽しみ下さい。

さて、来週から『帝国月光写真館』愈々稽古インである。
2021-10-22 11:43 この記事だけ表示
それにしても昨夜の地震には驚きましたね。
みなさん、大丈夫でしたか?

2月福島沖地震@須賀川の震度6弱以来、の地震でした。
須賀川では、夜11時過ぎ、ホテルが大きく揺れ、身がすくんだものです。
1階のロビーに客全員が集合した時、床が盛り上がり、モノが散乱していたことに唖然しました。
夜が明けると須賀川の町のあちらこちらが被災していて、皆さん、朝から復旧作業をはじめていました。

昨夜の東京は3・11以来の大きな地震、震度5弱。
東京23区で震度5強を観測するのは2011年の東日本大震災以来。
震源地は千葉県北西部で、震源の深さは75キロ、地震の規模を示すマグニチュード(M)は5・9。
3・11同様、7日夜から8日未明にかけて、首都圏では鉄道の運転見合わせが相次ぎ、帰宅困難者が多数発生。

東京都と千葉、埼玉、神奈川の首都圏3県では、この地震で計51人がけがをしており、
少なくとも4人が重傷。災害に対する都市機能の脆弱さがまたしても浮き彫りになった。

我が襤褸アパートの棲家は、幸いにも、本が3冊落ちただけでした。


2021-10-08 12:10 この記事だけ表示
【悲しいお知らせ☆ROMIさんが逝っちゃった☆】


【悲しいお知らせ☆ROMIさんが逝った☆】
今朝、悲しい知らせが届いた。
ROMI(山口裕美)さんが死んだ!

「今朝、4時9分、闘病中のROMI死去」
「遺言で葬式はしません。取り急ぎお知らせします」
パートナーである山上悦男(タロウ)さんからの知らせであった。

『ヒme呼』小屋入りの時、病気の状態が相当悪い事は山上さんから聞かされていた。
また病院での「面会謝絶」のことも知らされていたが、なんとか行こうと思っていた。
そこに、突然の訃報である。

長い間、悪性リンパ腫との闘病中だったが、
いつか治ると祈っていたが叶わなかった。


想えば、ROMIとは50年を超すながーい付き合いである。
文学座付属演劇研究所を出て「演劇団」旗揚げ第2弾『地獄草紙』に
ヒロインで出演してもらったのが1970年10月@六本木自由劇場であった。
流山児祥は22歳の演出家、ROMIは20歳、関谷(悪源太)義平は18歳、
ふたりは主役の少年少女を演じた。
そりゃ、めちゃくちゃカワイイ少女で、「演劇団」のアイドルであった。
たしか、俺、目黒のアパートまで送った時、意を決して口説いたと思うが、
速攻ふられてしまった。某有名劇作家からプロポーズされたこともあった。

その後、六文銭でフォークソング歌ったり、1970年代後半には
ロスアンジェルスのラグナビーチでジャーナリストの大森実氏の手伝いをしながら照明家の研修をしていた。

1980年、高取英、高橋伴明と一緒に遊びに行って、ROMIが創ってくれた巨大な(ニンニク入り)ビーフステーキの味とバーボンは忘れられない。彼女の運転(怖かった)でディズニーランドにも行った。

そして、ROMIは帰国し照明家としてデビューした。
その後、40年近く演劇団&流山児★事務所の芝居を支え続けた
1983年高取英の『天狼騎士団』では、千里眼少女の役もやってもらい、
振袖姿で照明のオペレーターという八面六臂の活躍であった。

ROMIと山上悦男(タロウさん)のコンビで本当に様々な作品をコラボした。
韓国、カナダ、中国、台湾、イラン、ベラルーシ、ロシア、エジプト、
インドネシア、アメリカ、イギリスといった多くの国を一緒に「旅」した同志である。
行く先々で、必ず美術館にタロウさんと行っていた、実に愉しそうだった。

楽塾、若手公演、Space早稲田の「照明卓」は全て「手作り」のROMI仕様である。
ROMIの照明は、愛情あふれる「心意気」の照明であった。
デジタルでなくあくまでもアナログの照明。
「ROMIブルー」と、名付けられた独特のブルーの色合いの「空間デザイン」
ROMIは舞台に「優しいニンゲンの絵」を描ける照明家であった。

ジョン・ベルーシ、アンディ・ガルシア、ジョージ・クルーニーが好きで、
近年は韓国映画のグンソクくんにぞっこんだった。
劇団員の多くに必ず、ROMI手書きの「お誕生日のお手紙」が送られてくる。
めちゃ、お酒好き、陽気な酒で歌ってくれた、ROMIの歌う「プカプカ」と「ろくでなし」は絶品であった。
なによりも芝居と仲間と「旅」するのが好きだった。

悪性リンパ腫との長い闘病で大変でしたね。
本当におつかれさまでした。
ゆっくり、お休みなさい。
そっちで会ったら、また、関谷と一緒に芝居やろうね。

2021-10-07 10:05 この記事だけ表示
【演出者協会総会の報告】

今年の「終戦の日」は、日本演出者協会総会でした。

今年も去年に続いてのZOOMでの開催。今年は新理事選挙の年という事で10時半から最後の理事会。
2年間、本当にお疲れさまでした。

総会は14時から17時までの長時間開催となりました。
70人近い会員が全国(海外からも)から参加してくれました、感謝。これもZOOMならではのことです。
コロナ禍に苦闘しながらも、多くの会員が積極的に演劇活動継続中の報告。
しかし、次世代へのバトンタッチ&演劇センター設立という現体制が目指した2年間のテーマは
喫緊の課題にもかかわらずコロナ禍でなかなか進まなかったのも現実です。

しかし、演劇緊急支援ネットワーク、WE NEED CULTUREといった具体的な活動を軸に
舞台芸術家、パフォーミングアーツが繋がったことは私たちの財産です。

演劇教育、公共劇場との提携、やることはいっぱいあります。
教育出版部の教科書つくりも進めます。
社会包摂部も積極的に動き出しています。

新理事選挙の結果は、現体制信任の票でした。
ただ、余りにも低い投票率(587人の会員にもかかわらず150人の投票)が、残念でなりません。
次回は、何がなんでも6割の投票率を目指します。
また、僕らの30年来の念願である1000人の会員を目指します。
ぜひ、ふらりと「夢の企画」を持って入会してください。

時間通り総会を終えて、その後、会員同士の大討論会となった。
こんな感じの自由闊達な議論がやりたいので、
年末の大忘年会と夏の「演出家の集い」@ZOOMを提案して終了した。
面白かった。

この選挙結果も受けて、新理事会で次の体制つくりをおこないます。
演出者協会ならではの、会員たちが「自由に」新企画を立案・参加できる、
更なる風通しの良い協会を創りたいと思っています。
ご協力のほど、お願いします。

今後とも日本演出者協会をよろしくお願いします。

8月16日 流山児祥







2021-08-17 15:25 この記事だけ表示
【観劇記録】
備忘録として。

7月中旬から〜8月中旬までの1カ月、観た芝居を記しておく。
非常事態宣言下のトーキョー演劇。

◎演劇集団風煉ダンス
『まつろわぬ民2021更地のうた』(作・演出:林周一)
『白崎映美ソロライブ』
@深川江戸資料館
◎IN EASY MOTION
『闇の轍』(作・演出:伊藤和重)
@下北沢B1
◎ヨルノハテの劇場
『芭蕉通夜舟を読む』(作:井上ひさし、演出・出演:塩野谷正幸)
@下北沢楽園
◎野戦の月 テント芝居
『怪談 荒屋敷セル』(作・演出:桜井大造)
@国立市富士見台 矢川上公園テント
◎銕仙会 新作能公演
『長崎の聖母』(作:多田富雄 演出・シテ:清水寛二
『ヤコブの井戸』(作:デイートハルト・レオポルド 
        演出・シテ:清水寛二
@座・高円寺1
◎TBスタジオ企画
『手紙ー届かなかったラブレター』(作・演出:得丸伸二)
★白永歩美バージョン★龍昇バージョン
@オメガ東京
◎映画『自宅警備員のフェアリーテール』
(藤本匠:監督)
@映画美学校
◎映画『パンケーキを毒見する』
(内山雄人:監督)
@池袋シネマロサ
2021-08-09 11:50 この記事だけ表示

【理事長通信】
追悼 瓜生さんのこと

流山児祥

協会最長老であり、第五代理事長を務めた瓜生正美さんが
6月27日逝去された。瓜生さんは、激動の昭和・平成・令和の時代を生き抜き96歳の《大往生》を遂げた。22歳で父を亡くした私にとって瓜生さんは「演劇界の父」と呼ぶべき存在でした。熱い演劇への志を持った九州男児という言葉がふさわしい24歳年上のオヤジの想い出を綴る「理事長通信」です。

瓜生さんと初めて会ったのは1991年3月、私達が「反戦演劇人の会」を組織し、湾岸戦争反対渋谷デモを敢行した際の瓜生さんからの「共闘表明」だった。私が、日本演出者協会に入会したのは、その3か月前の1990年12月の協会忘年会である。文化庁在外研修のため、43歳での入会だった。千田是也理事長に推薦書を書いてもらい1993年1月〜4月ロンドンで研修した。和田喜夫さんも同じような経験をしている。この「お礼奉公」で、その後30年協会に携わっている、と言っても過言ではない。この時代、数多くの小劇場の演出家が入会した。

1993年冬、北京で開催された中国小劇場フェスティバルに協会メンバーが招待され、瓜生さんと一緒に旅した。西川信廣さんとわたしがツアー事務局長、入会したての坂手洋二さんは、初の海外経験だった。70歳の最長老(瓜生さん)と30歳の最若手(坂手)は同部屋で、呑み会部屋となった。酒宴の中心は瓜生さんだった。当時、瓜生さんは、連日素振り2百回の肉体で、凍てつく万里の長城を軽やかに走破し、私達を驚かせた。「俺の肝臓は20代だ!」と豪語し、朝から、迎え酒をわたしたちに奨めて閉口した。そんな姿も、私の父にそっくりだった。福岡・熊本で開催される演劇大学in九州では、終身学長を務め、若手育成に貢献、若手演出家の良き師であった。九州演劇の生字引から様々なコトを吸収した。イマを、人生を愉しむ、この豪放磊落な硬骨漢は老いを知らず、私たちの最前線を元気に30年疾走しつづけた。 

1924年福岡県若松市(現在の北九州市)生まれ瓜生正美の96年の実人生には圧倒される。演劇の原点は五高(旧制第五高等学校)の戯曲研究会。4歳の時から剣道少年で軍国少年。1944年、学徒出陣で兵役に就く。8月9日長崎の原爆被災地で、瓜生さんは「真新しい軍手を支給され爆心地へ行って黒焦げの死体を手で掴んでトラックに積み込み」第二次被爆者となる。敗戦後から今日までの自らの信条を、協会機関誌「D」で、瀬戸山美咲さんに応えて、こう語っている(私も同席)「僕はあの戦争を大東亜民族解放の聖戦だと信じていて、天皇陛下のために喜んで死のうと思った一青年だった。それがアジア侵略の戦争だと知った時には本当に怒った!騙しやがった!と。以後の70数年は騙したやつへの戦いの人生ですよ」と、実に明快である。また、インタビュー時の大学ノートに書き込まれた70年前のメモをみて、わたしたちは瓜生さんの記憶力の鮮明さに驚かされた(2019年3月インタビュー時)。

軍国青年だった瓜生青年は戦後、過激な、反戦演劇青年に変貌してゆく。1946年、作家:火野葦平らと若松で「かもめ座」を創立、演劇を志す。その後、新劇の草分け的存在の演出家:土方与志に師事。土方の演出助手として『夏の夜の夢』を担当。このころ、火野、土方、瓜生の3人が土曜の夜から月曜の朝まで呑んだエピソードも凄まじい。ビールケース3箱、日本酒10本。そして、何を語り合ったか?これも、「D」を読んで下さい。音楽家:いずみたくとの「東京喜劇座」の活動や、自ら立ち上げた「青年劇場」での劇作、演出作品を観て分かるように、喜劇、ミュージカル、井上ひさし作品、韓国演劇と多彩な「大衆向け」=社会に向けた演劇を指向し、製作した。何よりも、「演劇で飯が食える劇団」を創るしかない!が、口ぐせだった。

1999年、瓜生さん、流山児、坂手洋二ら協会メンバーが主軸となり「日の丸・君が代法案反対闘争」を展開。1500人に及ぶ演劇人の賛同署名を得て国会議員会館で記者会見、署名提出。2001年、瓜生さんは第五代理事長となる、わたしは副理事長、和田さんは事務局長で瓜生さんと共に新しい事業展開を行っていった。全国各地での演劇大学、若手演出家コンクール、国際演劇交流セミナー、日本の近代戯曲研修セミナー(現:日本の戯曲研修セミナー)の4つの事業展開を行ってゆく。と、同時に協会の経済的な基盤整備の為、瓜生さんは人事委員会を創り上げた。

そんな瓜生さんは2005年『戦場のピクニック・コンダクタ』坂手洋二:作@本多劇場で80歳の役者デビューを果たす。兵隊の姿はこうだ!と、匍匐前進をして見せてくれ、私たちを驚かせた。2006年〜2011年、平均年齢80歳の超高齢者劇団:パラダイス一座を結成した際にも、出演を快諾。『オールドバンチ』シリーズでは戌井市郎、中村哮夫、ふじたあさや、肝付兼太といった演出者の長老たちと組み「戦争の真実」を伝えた。瓜生さん演じる老銀行ギャング:七郎次の「あったことはあったんだ。なかった事には出来ないんだ!だれが何といおうとあの戦争はあったんだ!」という、自らの戦争=被爆体験からでたナマの叫びは、圧倒的な迫力で戦争を知らない観客の心を揺さぶった。瓜生さんは戦後70数年、ひたすら「反戦」を叫び続けた偉大な父だった。

『オールドバンチ』より【2009年パラダイス一座公演】撮影:飯田研記

コロナ禍のイマ、瓜生さんの遺した言葉は一つの指針です。「人間は間違うもの、間違ったらやり直せばいいのです」やり直しながら、少しでも協会は前へ進みます。見守ってください。
最後に、最愛の奥さんの悪口をいう時の、瓜生さんの照れ笑いが、僕は大好きでした。
きっと、今頃、お二人で美味い酒を飲んでることだろう。(7月20日)

※なお、この原稿は西日本新聞掲載原稿に大幅に加筆構成したものです。

2021-07-26 15:17 この記事だけ表示
【アイホール存続のための署名のお願い】

現在、兵庫県伊丹市は、伊丹市立演劇ホール(アイホール)について、使用用途を舞台芸術に限定することなく、施設の新たな事業展開の可能性を探るため、民間企業に向けてサウンディング調査を実施しています。

この調査が進み舞台芸術以外の新たな事業が発案・事業化されますと、アイホールは公共の演劇専門ホールとして存続が困難となり、事実上廃館となってしまいます。

アイホールは、1988年の開館以来、演劇専門ホールとして、関西だけではなく日本全国および海外の優れた舞台芸術作品の上演を実現してきました。また市内の小学生、中学生、高校生を対象とした演劇ワークショップを行い、優れたアーティストを派遣するアウトリーチ事業を展開するなど、市民の皆様に質の高い舞台芸術を身近に体験できる拠点施設として、その役割を果たしてきました。

舞台芸術の拠点であるアイホールの廃館は、伊丹市民にとって、また、関西の多くの人々にとっても、多様なジャンルの優れた舞台芸術作品を享受できる機会を失うことになります。そして、全国から伊丹市に訪れる上演団体にとっては、貴重な発表の場を奪われることになります。
もとより伊丹市は、2018年3月に市の文化振興にかかる指針を作成し、「文化施設が個々にとって心のよりどころになってもらえるよう、文化芸術がそばにあるまち」を目指し、施策を進めるとしています。また、第6次伊丹市総合計画においても「多様なジャンルの文化芸術に触れる機会を提供する」と明記しています。


また国の「文化芸術基本法」(2017年6月改正)では、文化芸術により生み出される様々な価値の社会への波及効果を図ること、また、観光・まちづくり・国際交流・福祉・教育・産業などが文化芸術に関連する分野と連携することの重要性について言及されています。アイホールは、そこで生み出される芸術的価値を社会的価値につなげ、まちづくりに活かすための拠点となってきました。




このようにアイホールは、舞台芸術関係者の活動拠点のみならず、広くシビックプライドの向上に寄与する伊丹市のシンボルとなっています。文化的で豊かな人間性を育む役割を担う施設である公共財としての演劇専門ホールを、採算性や経済効率のみでその存廃を判断することは、これからの伊丹のまちづくり、伊丹市の未来にとって、大きな損失になるのではないでしょうか。

伊丹市立演劇ホール(アイホール)存続のため、伊丹市民の皆さま、そして関西をはじめ、全国の皆さまのお力添えを賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

アイホールの存続を望む会 WEB・署名:http://aisonzoku.com/
2021-07-22 19:18 この記事だけ表示
【観劇記録】
備忘録として。
6月〜7月中旬までに観た芝居を記しておく。
7月シアターRAKU『夏の夜の夢』稽古&公演で
多くの見逃した作品があった。
非常事態宣言下のトーキョー演劇。
劇団員の客演2本。

◎唐組
『さすらいのジェニー』
(作:唐十郎、演出:久保井研)
@新宿花園神社紅テント

◎TOKYOハンバーグ
『愛、あるいは哀、それは相』
(作・演出:大西弘記)
※甲津拓平客演
@座・高円寺1

◎新宿梁山泊
『ベンガルの虎』
(作:唐十郎、演出:金守珍)
@新宿花園神社紫テント

◎月蝕歌劇団
『少年極光都市』
(作:高取英、演出:海津義孝)
@オメガ東京(ただし、DVD)

◎結城座十三代目結城孫三郎襲名公演
『十一夜あるいは星の輝く夜に』
(作・演出:鄭義信)
@芸術劇場シアターウエスト

◎ジュニア5
『徒然アルツハイマー』
(作・演出:小野健太郎)
※塩野谷正幸客演
@下北沢 駅前劇場

◎PSYCHOSIS 
『ドグラ・マグラ』
(作:高取英 演出:森永理科
@新宿3丁目スターフィールド

◎椿組
『貫く閃光、彼方へ』
(作:中村ノブアキ 演出:高橋正徳)
@新宿花園神社野外テント

◎serial number 
『hedge /insider』
(作・演出:詩森ろば)
@池袋あうるすぽっと
2021-07-20 12:32 この記事だけ表示
正月に食べる我が家のお雑煮は「がめ煮(筑前煮)」である。
6年前にある雑誌のインタビューに、そう、こたえている。

【想い出の食卓】BY月刊新松戸2014年7月1日 号

流山児 祥さん(演出家・俳優)

〜蓮根だ、牛蒡だ、こんにゃくだ、とり肉だ…
正月はそこにお餅も…がめ煮の雑煮〜


子供のころの食卓は、家族そろって和やかにっていうんじゃないですね。家には10歳上の姉と従兄弟が一人いたけど、兄は越境入学して下宿してたし、親父は盆と正月ぐらいしか帰ってこなかったし…。

面白いんですよ、うちの親父。三池炭坑の鉱夫で革命家。三池闘争の時代に炭労(日本炭鉱労働組合)の副委員長やってた。
でも三池闘争で負けて東京にきて、東京労金(労働金庫)の支店長になって、ぼくが23のとき、「彼女の店?」で亡くなった。結構、エロチックなんです(笑)。で、親父が死んだとき、おふくろはギャンブルに狂っていて喪服を質にいれていて質屋から出してきたからね。俺も当時は長髪のフーテンで姉貴に、葬式だからって髪をバッサリ切られた。ごめんごめん、話が脱線して(笑)

想い出の食卓?ねえ。記憶の中ではみんなバラバラに食ってる。

だけど、盆と正月、お祭りとか結婚式とかには、家族や親戚知人がみんな集まって、食って、飲んで、しゃべって。
そんなとき、おふくろは必ず「がめ煮」を作ってました。

九州では筑前煮のこと「がめ煮」っていうの。蓮根だ、牛蒡だ、こんにゃくだ、とり肉だ、何だかんだ、いろんなものが入ってて、正月には、そこにお餅も入る。がめ煮の雑煮。
九州の雑煮だから餅の中にあんこまで入ってる。

いろんなものがもう、ぐっちゃぐちゃに入ってる。
考えてみれば奇妙なものだったな。うちのお袋がつくる「がめ煮」、がさつだったの(笑)。でも、うまかった。

だいたいオレ、食い道楽ってんじゃ、まったくないからね。
何でも食う。

エジプトのカイロに行ったときは、屋台のものは食うなって言われてたけど、何でも食った。でも、お腹なんてぜんぜん壊さない。ぼくらの世代って多分、みんなこうですよ。貧乏な時代に育ってるからね。体力がある。

ベラルーシのミンスクでワークショップやった時、乳製品とキノコは食べるなって言われた。近くにチェルノブイリがあるからね。

でも、稽古が終わったあと、食堂のおばちゃんたちが出してくれるのはだいたいそんなものばかり。それが、めちゃくちゃうまいの(笑)。

1991年に「流山児マクベス」を持って韓国にいったときは、2日間で2500人動員した。反日感情の強かった時代に、通路まで全部観客で埋まった。近所には伊藤博文を暗殺した安重根祈念館があった。仕込の時はイロイロ反発があったけど、それでも、芝居が終わった真夜中には、みんなでマッコリ飲んでプルコギ食べて…ワイワイ交流していた。うまかったなあ。

イランの演劇祭によばれてテヘランに行った時は、イスラム国家だから酒が飲めないんです。でも、ぼくらの芝居をみて、お前ら面白かったから来いよって。ホテルの裏について行くと、酒を出してくれたりする(笑)。

ロシアのモスクワの貧乏な劇場では、芝居が終わったあと、チーズとウォッカとお塩で乾杯した。あれは感動したな。ホントにツマミはチーズしかないんだけど、それが美味いんだよ。ウォッカ飲みながら、こういうことをやりたいとか、お互いに腹を割って話す。貧乏だけど、志は高いんです。ぼくらを呼んでくれるような人たちですからね。

世界に行けば、面白い演劇がたくさんあるし、地方に行くともっと面白い演劇がある。いろんな街でいろんな人と出会って、食べながらしゃべって、しゃべりながら飲んで。

その原点が、おふくろのがめ煮だったりするんだろうな。ゴッタ煮のガサツな味。

うちのおふくろ、死ぬまでギャンブルばばあだったんだよ。競輪、競馬、ボート、オート。ギャンブル場のアイドルばばあだった。脳梗塞で倒れても、ヨチヨチ歩きながら、電車に乗って関東一円のギャンブル場にほぼ365日行った。取手、北松戸、浦和、船橋、戸田、大宮、花月園、どこでも行ったよ。

ある日、帰ってこない日があったりする。真夜中に、大宮とか大船の駅から電話があるんです。名札つけてたからね。で、息子と迎えに行ったりした。脳梗塞に加えて80歳を超すと認知症もあったし。

それでも、不死身の徘徊老人だった”(笑)。

でも、どんなに惚けても、正月にはがめ煮を作ってた。おふくろのけじめだったんでしょうね。だからオレ、55の時におふくろが86歳で亡くなるまで50年以上、毎年正月にはがめ煮を食べてた。


そのおふくろが死んで、がめ煮もなくなった。その喪失感はすごかった。面白い親だなあって思います。親父もおふくろも。まったく財産なんか残さなかったけど、「愉しい生き方」を見せてくれた。

おふくろが老いていくのを見て、中高年劇団をやってみようと思ったんだよ。それが「楽塾」。平均年齢62歳。これが面白い!
人間、捨てたもんじゃないなって思う。
ホントはね、おふくろを芝居に出したかった。
芝居って記憶に残るだけなんですよね。

だから、人と出会うしかない。
オレらの思いみたいなものを誰かと共有して、「それ面白いじゃん」って言ってくれる人とつながっていくしかないんです。

オレなんて子供のまま大きくなったようなもんだけど、人間ってそんなに変わんないでしょ?

建前と本音とか使い分けるようになると、みんなつまんなくなっちゃうから、芝居ぐらいはそんな場所でないようにしないとね。

(インタビュー:一部加筆訂正 2014年6月10日)
2021-01-05 14:26 この記事だけ表示