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マ・ジョンヒさんから翻訳したての韓国公演の劇評が届きました!
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三一節(抗日独立運動記念日)に会った日本演劇「義賊☆鼠小僧次郎吉」
日本民衆の本音を伝える沈黙のアバンギャルド
Ohmynews レビュー
リ・ヒョンソク(???)
2015/3/3
去る 1日、日本演劇「義賊☆鼠小僧次郎吉」を観劇したことは幸運であったし祝福であった。人の胸を弾ませるものは何だろう? 国境と領土を行き来する電波のような無形物がホログラムのように私たちの視覚と聴覚の前に吐き出す複製可能な文化は実は蜃気楼と言っても過言ではない。 しかし目と目があって胸と胸が会うことは電波では切り開くことができない領域である。
魂を分かつこの震えの前に流山児事務所の「義賊☆鼠小僧次郎吉」が堂々と立っている。 終始一貫観客の一人として拍手と感嘆を送らざるを得なかった。 どうしてそうであったかと? よりによって三一節(抗日独立運動記念日)に? どうしてなのか物語が答の代わりになるのかも。
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'非言語劇'といっても良い程とても親切な演劇
泥棒お熊の手で育った孤児、次郎吉は偶然に刀屋新助と恋人お元が詐欺にあった事実を知る。次郎吉は悲嘆に暮れる二人のために盗みを決心して金持ちの屋敷に侵入する。 しかし門番与惣兵衛に見つかり偶然にも彼が自分の父親であることが分かる。
衝撃にとらわれた次郎吉は盗んだお金を新助に渡すが、何日か後に衝撃的な話をきく。 自分が渡したお金のため新助とお元が捕らえられ、実父・与惣兵衛まで泥棒の嫌疑にかけられているという。 苦悩の末に次郎吉は自首すを決心する。
韓日修交 50周年記念の招請公演という修飾語より気になったのは言語が違うのにどのように内容を伝達するのだろうかという事であった。 まさか台詞を韓国語にすることはできないだろうし…. 疑問は即座に解けた。解けたと言うよりはそのまま消えてしまった。 舞台中央上側に用意した横長のスクリーンを通じて韓国語の音律である詩調の 3.4調で翻訳された台詞が字幕投影されたためだ。 しかしそれを抜きにしてもこの劇は観客にとって非言語劇と言ってもいいくらいとても親切である。
韓国語の字幕だけでなく中間ごとにチョ・ヨンピルの <釜山港にれ>とソング・チァングシックの <鯨狩り>を借用したり、観客の一人を舞台の上に引き上げて劇を進行したりする。 いわゆる現地密着型戦略なのに形式のみに捕らわれず共感形成に成功したという点でその意義が大きい。 それだけでなく経済性が引き立つ小道具である人形劇と掛図を利用した劇の進行は 2時間近い時間と空間的制約の中で演出上の最大限の自由と最上の演技力を発揮した。
総勢12人が最大 28人の役目を一人二役三役で演技する機械的完成度も短期間に成り立ったのではなかったことを、彼らの全身から流れる汗を通じてうかがうことができた。 250作余に達する演劇を製作及び演出したという流山児祥の熟練された貫禄を誇示する場面転換は名不虚伝を越えて童心の世界にまで拡張される。 立派な作品に招かれた観客が皆楽しめる理由は実に簡単である。すなわち楽しさと感動の提供である。 この二つのキーワードはすべての芸術家にとって永遠不滅の使命感ではないか?
三一節は韓国の歴史において最も痛い日である。 一方では彼らの飾ることのない眩しい好演の裏側には、そんな時代的背景に対する無意識的な緊張が存在したかも知れないという考えが電光石火のように頭をかすめた。それだからこそ意味が深い。 相手に対する思いやりで認識の変化を誘導することができたらその歩みはたとえ肉眼で見る時は微々たるものであっても結局、いつかは花を咲かせるだろうと言う信頼からだ。
文化交流では国家間の問題を全て解決することはできないが、少なくとも傷をぶり返させないで癒えるようにできる純粋な機能は明確に可能である。
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二匹の兎を捕ることに成功した 「義賊次郎吉」
現代化されたこの作品は元々8時間の歌舞伎原作に多く頼っている。 それは 500年に肉迫する彼ら固有の独自的伝統公演芸術の根がどれほど確固たるものであるかを証明している。 羨ましいと思ったら負けだというが無理して表情管理をしたくない。 文化芸術の国境を越える交流ににけち臭い鎖国的な理由はないからだ。
江戸末期庶民の中で生まれた彼らの大衆文化が21世紀韓国の演劇のメッカである大学路で三一節に私たちと出会うということはある意味、非常に驚異的である。 この驚異感が閉塞的な局面にある韓日両国の希望の種子になることを望むのはただ私だけの錯覚ではないだろう。
江戸幕府が事実上衰退期に入る頃に生まれて一生を終えた次郎吉。韓国でいえばホン・ギルドンくらいにあたるという実存の人物が義賊になった契機は 26歳の頃抑圧される民衆のためであったと言う。 その後 36歳の年につかまって処刑されるまで 10年の間を '泥棒'で暮しながら金銀 1万 2千両(今のお金で約 50億ウォン)を盗んで貧しい人に配ったと言う。
お金持ちの財産のみを専門的に盗んで民衆に配ったから彼を義賊と呼んだと言うが、義賊と泥棒の間には被害者が金持ちという媒介物が痛快なだけではない。 いっそ彼が盗まなければならなかったことは金銀よりは不道徳で不正直な権力であったからこそではなかったか? そうでれば義賊ではなく聖人の班列に上がったに違いない。
好き嫌いと是是非非をさておいてその実存人物を劇の主人公として、後代に文化遺産で残してくれたのは当代最高の歌舞伎劇作家である河竹黙阿彌 (1816~1893)だった。 詩的な美しさと創意的な構成が引き立つ作品で厚い人気をふるった作家の腕前のためか日本演劇に初めて接した観客が見るにも普遍性と特殊性、二兎を捕ることに成功した 「義賊次郎吉」。
その背景には両国の庶民が指導層に感じる冷笑と不信という共通分母が位置する。 何百年の時差と地域性にもかかわらずこの両極端的な対決構図は不思議なくらいに有効だ。 楽しさの向こうに堅い進歩と改革のメッセージがあるというのが嬉しいだけである。
そしてまた、伝統芸術公演は現代日本の国家イメージと文化向上に途方もない援助の作用をする。 名分と実利、両方を確かに手中におさめ得ている。
演劇とミュージカルの中間くらいにあたるこの劇の性格上 12人であるという比較的多い人員を動員した舞台が窮屈かも知れなかったが精緻な空間配分に対する計算のおかげでそれこそ完璧な活用度を披露した。
左右と中央をそして先後を立体的に裁断して空間の効率を極大化することは躍動的でドラマチックであり、熱情というものがどういうものがを見せるのにも十分であった。 実は私が一番驚いたことは彼らの爆発的なエネルギーであった。 (伝統演劇公演は)静寂であるという先入観を完全に覆したこの希代の愉快、爽快、痛快な文化テロに鑑賞の姿勢は時代錯誤的なものであった。
確かにユーモアで喜劇的な要素を最大化させたという評価を受ける流山児★事務所がどうして日本だけではなくヨーロッパでも人気ある劇団なのかを遺憾無く見せてくれる実例であった。 韓国公演を終えてすぐ台湾公演に行くのに台湾現地ではもうチケットがソールドアウトになったと言うほどだ、日本小劇場劇界のドンあるいは巨匠というタイトルがまさにぴったりだという気がした。
幸いにも演劇開始に先立って字幕を担当したマ・ジョンヒさんの紹介で流山児祥氏に会った。 70歳近くの年にもかかわらず若い感性と青年のエネルギーを持って演劇に臨む隣国の巨匠は気軽で飾りがなかった。 解放的で大ざっぱな日本現代演劇革命 第2世代演出家の次にもってくる作品についてインタビューの始終気になった。
演出家と同時に評論家であるパク・ジョンギ先生のシェークスピアに劣らない傑作である 「義賊鼠小僧次郎吉」。 韓日修交 50周年記念招請公演という硬い外被にもかかわらず形式を飛び越える優秀なこの作品の本当のメッセージはもしかしたら次のようなことではないか? 私たちの情緒と符合する日本産の洒落と滑稽が、彼らが追い求める演劇のコンセプトがまさにアベに象徴される権力に対する抵抗とその束縛から脱日本的な自由の手信号を打電することだと。
それが事実なら彼らは玄海灘の向こう側の人間との疎通を夢見る文化義賊だ。 彼らは自分たちが盗まなければならないものが次郎吉のように物質ではないということをよく知っているのである。
目と目があって胸と胸がぶつかる関係でお互いにそれを感じたら平均的な日本人より遊牧民的な遺伝子が優秀な彼らの文化流浪は事実上それ自体が義賊次郎吉を懐かしがる日本民衆の本音を伝える沈黙のアバンギャルドであろう。
それは 160年前黒船出現以後彼らが開港と開化の道を歩いて行ったことと違い、鎖国を追い求める 21世紀日本タカ派の誤った選択に対して列島の生存のための非常口のような真心に充ちたジェスチャーだ。
2015年の三一節を忘れることができなさそうである。
原文↓
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx…
昨日今日と「義賊☆鼠小僧」快調に飛ばしている。
韓国台湾ともに大きい劇場。
Space早稲田いっぱいの「劇空間」ということ、で音響・照明・映像・演出部、staffは壁にへばり付いて稽古しいる。
加えて昨日は塩野谷、栗原、ごん、木暮、楽塾メンバー、真紀子さん親子といった観客で密度凄し。
で、本日はお昼過ぎから稽古みっちり。夕方17時半より「義賊☆鼠小僧」アジアバージョン最終通し!うーん、見事に完成しました。
今日、壁にへばりついて観てくれた観客はなんと22人であった!
ノンストップ1時間45分の疾走劇!2015年版出来上がりました。
なぜか、子供2人と楽塾のみなさんが笑うところが一緒!には、一番笑った!
その後、ダメだし、旅の連絡事項、稽古場バラシ。荷物パッキング。明日はオフ。愈々、諸君、来週はソウルだぜ!
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あと、これって凄いじゃん、と、今日、想った事。
流山児★事務所は、この「15年間」で、世界12カ国、40都市あまりの人々にわたしたちの芝居を見せている「事実」にすなおに驚いています。様々な都市での、様々なヒトビトとの<出会い>の中で、私達の芝居は見事に変化・進化・深化していったんじゃないかって感覚。
「15年間」という長い間、毎年のように1ヶ月近く「一緒に旅している」メンバーと、いま「義賊☆鼠小僧」を作っている「事実」に感謝。実は、これって、凄い!!ことだと、つくづく思う。2000年『狂人教育』韓国公演のときは、イワヲも谷も拓平も、ほぼ、三四郎や山下と同世代だった。15年という時の流れの中できっちり次世代に伝わっている「演劇の持つ歴史性」劇団ってやっぱりいいなあ。
今年もいい新人が入ってくれるといいが。1昨年の佐原、ごん、去年の星、裕美、諒介。それにしても、最近は桐朋学園、俳優座、円といった新劇の養成所からの受験が・・・・。
でもって、楽塾さん、いつもながらの「お餞別」有難うございました。
不在中、キチンと稽古しといてね。元気にいってきまーす。
順調に仕上がっている。
ギャラリーには星、理恵など劇団員も加わってにぎやか。
稽古場での通しもあと二回である。衣裳・メイクつけで連日やっている。
久し振りに晴れ上がったトーキョー。
今日は近くの地区会館の多目的ホールで台湾の実寸稽古。
みっちり4時間のダンス稽古である。
新しい振付もあって、北村真実ワールドのステージング、最終のチェック。北村真実先生は、ま、ソウル台北と同行してくれるので現場も安心。
名古屋から駆けつけてくれたハマジマ映像監督の「新映像」も加わってアジアバージョンは更に進化・深化してゆく。それにしても北京語とハングルで「歌う」のは、大変!
頭の中で変な言葉がぐるぐる回る日常。これはこれでいい。が、通しで「完璧」に出てこなきゃ、ダメじゃん。いい役者よりも「誠実な役者」を目指してあと二回!がんばろう。
「義賊☆鼠小僧次郎吉」2015年版!乞う、ご期待。
23(月)にはソウルです!みなさん、もうしばらくお待ち下さい。行きますよ。
青森、岩手のみなさん大丈夫ですか?
今日は朝から原稿書き。
外は雪が降ったり、晴れたり、雨が降ったり。
朝からずっとラジオ。
で、地震速報。
夕方から稽古。今週は「義賊☆鼠小僧次郎吉」アジアツアーバージョンの「通し」ウイークである。
Space早稲田のせまーい空間にいま演出席と音響ブース。通しということで人口密度がぐーんと上がる予定。ま、客に見られて何ぼの世界。
とにかく、地道にじっくり。
それにしても、東北で次々と地震・・・・3・11からもうじき4年か。
3・11のときはダンス演劇『卒塔婆小町』の稽古中だった。
わたしは北村想との二人芝居『夢謡話浮世根問』の本番中であった。
それにしてもこのクニはイカレテイル。
あれから4年、原発再稼動、集団的自衛権行使、右傾化の道まっしぐら。
3・11を忘れてはならない。
『義賊☆鼠小僧次郎吉』の上演を思い立ったのは3・11であった。
安政大地震の2年後に生まれた黙阿弥の「鼠小僧」3・11の2年後に生まれたのが「義賊☆鼠小僧」である。
ま、これがあるために私には1日も「休み」が無いのだが・・・。
去年の「寺山修司の女の平和」世界初演に続いて「寺山歌劇☆くるみ割り人形」という映画シナリオの舞台化。楽塾歌劇を流山児★事務所の男優陣とのコラボレーションで創りあげようと6ヶ月の長期稽古をやっている。ほぼ半分まで当った。多良間通朗のオリジナル楽曲もできあがり、竹村絵美の振付もほぼ付いた。
私のいない間、振付の絵美と多良間に「宿題」を言って、なんとか音楽シーンをやっておくように指示し、とりあえず前半の稽古を終了。これまた恒例の劇団新人の星美咲、廣田裕美、森諒介の3人が楽塾をきっちりサポートしている。これこそ人材育成の最高の形態と自負している。帰国後の3月15(日)から男優陣4人(私を入れると5人)も入って、より過激に、歌劇なる寺山歌劇「くるみ割り人形」を創るつもりである。
いやあ、それにしても面白い台本である。さすが寺山修司!
というわけで、今日から「義賊☆鼠小僧次郎吉」アジアツアー公演、追い込み稽古突入である。
いよいよ、明日から連続「通し」稽古が始まる。
250席あまりの「劇場」仕様の「アングラ歌舞伎」に仕上げる。
さあ諸君、一気に行こうぜ!!
「アングラ歌舞伎」=「義賊☆鼠小僧次郎吉」いいねえ!マさんいろんなヒトとの出会い、よろしくお願いします。
ソウル行きまで、あと12日!
じっくり、かっこいい「アジアのアングラ歌舞伎」をつくろうぜ、さて、稽古稽古!明日はまた近くの区民センターで実寸稽古。
台湾国立劇場の大きな舞台を想定して振付・ステージングの変更。
アジアの鼠小僧を目指して!
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現在、発売中の「悲劇喜劇3月号」の「2014年演劇界の収穫」に流山児★事務所作品「どんぶりの底」「青ひげ公の城」「阿部定の犬」の3作品が選出されている。
2014年の≪時代のなにか≫を撃った作品が評価を受けたことに感謝。
2015年も「チャンバラ」「義賊☆鼠小僧」と全力疾走中。
今年もよろしく、一重に真摯に≪時代と闘う作品≫を創り続けていきます。
スタッフと韓国公演の字幕チェックのため。じっくり「小返し」稽古後、
再来週、「6回通し」で創りあげる予定。3年間役者のカラダに沁み込んだモノを更に面白いものに」。役者のカラダで魅せる本物のKABUKI(傾き)を見せる!!だけである。
もちろん、まだ1週間のチェック稽古何も出来ていない。が、とりあえず「現在のわたしたち」は判る。通しのあとは新曲の振付。
やることいっぱい。3度目の「義賊☆鼠小僧」
更なる進化・深化を目指して・・・・アジアの縁へ。
さて、わたしは歌の稽古である。モチロン、新曲。ハングルバージョン。
♪お高さまは、何病でござったかな?
「義賊☆鼠小僧次郎吉」アジアツアー稽古、順調に進んでいます。
2日目でセットも確定。今日からバンバン進めてゆく予定。
Space早稲田早稲田の稽古場ぜーんぶ使って・・・ということは、スズナリとほぼ同じってかんじ。殺陣もスケールアップ、ダンス、動きもさらにグレードアップをめざして変わる。
といいながら、なんとか、来週初めには「通し」をやらなきゃならない。
字幕のチェックもある。ハングル、中国語。
2回の公演を経て、ここで「新しく見つかるもの」もある。
まさに、芝居はイキモノである。11人の役者のイイトコロを探すのが私の仕事。役者で「魅せる」これだけである。あせらず、騒がず、地道に、じっくり。
【NEWSです!】
昨年好評開催の@仙台流山児祥ワークショップ3月開催決定!
今年も、春休みの3月20(金)15時〜20時
21(土) 11時〜17時
発表会18時〜開催決定。
シニアから高校生・大学生対象。
詳細はhttp://www.ryuzanji.comで近日発表します。
テキストは楽塾@座高円寺2公演台本「くるみ割り人形」(作:寺山修司)
乞う、ご期待!!!
2014世界の報道の自由度59位!!(アジアでもヒドイ国、韓国(57位)、台湾(50位)よりモチロン下である、2013は53位!)の、日本のマスメディアの伝える報道は、ほぼ権力べったりの「大本営発表」と、思ってみていたほうがいい。
戦争の犠牲者は常に「普通の人々」である。そして、いま過酷な現実が浮上しつつある。「日本人だから殺されるは過去ほとんどなかった。しかし今日本人だから殺された。何故こうなったか、マスコミ、政治家これを追及出来るか。出来ないのだ」(孫埼亨)
安倍政権の人質見殺しを批判する声は完全に封じられ「卑劣なテロには屈しない、今こそ自衛隊派兵、憲法改正=戦争への道へ!」と、世論を煽る御用メディアの大合唱が続いている。メディアや言論人は、テロではなく安倍ファシズムにほぼ屈しようとしているのである、嘗ての大日本帝国もそうだったように・・・だ。この事件も安倍には11月にはすでに判っていたのに何もしないで、選挙にまっしぐら、おまけに中東に行って、金ばらまいて有志連合の仲間入り宣言?までしたのが事実である。国民=「普通の人々」へ何の責任を持たない国家と一体化したメディア。 特定秘密保護法と集団的自衛権下の「わたしたちの時代」とは、こういうことなのである。
東大TVのトマ・ピケティ教授の「21世紀の資本」の講義を1時間10分見て、早めに早稲田まで。じっくり喫茶店で「義賊☆鼠小僧次郎吉」の台本を読み、稽古場へ。
本読み、殺陣稽古。
明日から本格稽古。
じっくり、黙阿弥台本との戦いが始まる。
この台本には「ニンゲンの愚かさと愛しさ優しさ」がきっちり詰まっている。
韓国・台湾の人々の心に届く芝居を創るつもりである。
・・・・・と「想いいれ」って何だ!ここらあたりにある「役者の何か」
「黙阿弥が四代目市川小團次と組んでいた頃の戯曲だから、幕末のハチャメチャ世相が随分反映している。
1993年に当代菊五郎が復活しているが、子供の頃から近眼だった私は、見た目に地味な作品は遠慮し勝ちで見てません。
稲毛屋敷の件をチープな人形劇にしたのは秀逸。七代目の時、カットされたドタバタ場面の医者山井養仙(この名前「病よう治せん」じゃないの!?)を、御大自ら演じるのが味噌。渋さとか苦味を売りにしてた小團次に当てた最初「都鳥廓白浪」と同じく、チョボ入り場面があるのだが、女性コーラスを使い、ちゃんと見せていた。
安政大地震の2年後に初演された作品を、東日本大震災の2年後に上演するという発想がスゴイね。芝居のタッチも含め、いいな、自由で…というのが正直な感想です。」